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2014/03/30(Sun)

なんかそういうことなんだーーーということ

唐突なんですけど、


今日の朝、誘惑したい、という衝動について考察しました。


すると、


つまり、どちらも男嫌い、という生き方なのだ


ということがはっと判明しました。


禁欲的なのも、


激しく誘惑的なのも、


要するに


最初に出会う男性、、、つまり「お父さん」への憎しみから


全部生えている、ということでした。


お父さんと関わりが薄いひとも、


そこにいない、ということを恨んでいる可能性がある、と。


もし、男性に対して恨みがないのなら、


平常心で接することができる。


動物が、何かに対して身構える時、


それは、過去になんらかの嫌な記憶があるか、


今、危険を察知している場合だ。


恨みの記憶がないのなら、


今相手が邪心をもっていないかぎり、身構えないはずだ。


ことはそれくらいシンプルだ。


誘惑的な女性は、「男好き」に見えるかもしれない。


だが、心底では 男性を信用していない。


だから、必要以上に挑発的に振る舞うのだ。


そして、自分は男性が好きなのだと自分に言い聞かせる。


だが、彼女はどこかで自分のなかに隙間があることを知っている。


それを埋めてくれる男性を探すために、今日も衝動に従って、挑発的にふるまう。


だが、満たされているのなら、


そんな必要はどこにもない、、、


楽しむために、同意の元、時にフェティッシュにふるまって遊ぶのならいい。


だが、嫌悪感と憎しみをひた隠しにし、


あなたが欲しいとウソをつくのは


双方にとって、とてもかなしいことではないのかね?


同じように、男など欲しく無い、と必要以上に拒絶することも悲しいことだ。


悲しい双子なのだよ、信頼の欠如、という。


しかし、それは記憶なのだ、、、


あなたは、そう思い混んでしまった時に


その時全体的にみて、どういう状況だったのか知ることができない。


あなたは、自分が常に愛される存在だ、という信念を打ち砕かれた、と感じたので


そうさせた、と思い込んでいる相手を恨んでいる。


しかし、それもまた記憶だ。


そういう、古い自己保存プログラムは


「そういうこともあったね」と手放しなさい。


「あの時は悲しかったね」でいいのだ。


あなたは、ヴァーチャルリアリティでその苦しみの感覚をしっかり味わった。


もう、それで本当はその出来事の役目は終わっている。


あらゆる不自然な衝動から行動したくなった時、、、


「これはほんとうに「今のわたし」かな?」と自問しなさい。


同一化の呪いをときなさい。


その瞬間、記憶には全く力がなくなる。


砂に枯れ木で書くつもり「さよなら」と という歌詞があるだろう。


さよなら、自体には「さよなら」の意味を持つ言葉、以上の力は無い。


しかし、それが例えば親しい人の書いたもの、と知ったなら、、、


あなたは少なからず心をうごかされるのではないだろうか?


それが、あなたが記憶に力を与えている、ということだ。


憂鬱な記憶に浸るのも悪くない。


だが、そこからいつでも抜け出せる、ということを覚えておきなさい。


あなたが必死に注いでいる「感心」さえ記憶から引き上げれば、


そう、ひとのすまなくなった家の如く、長くは保たない。


記憶は早々に崩れ去るだろう。


ハッピーなとき、苦しい記憶を忘れたかのように思い出せない、ということがないかね?


それは、あなたが記憶から関心を引き揚げ、「今」に戻しているからだ。


そうしていれば、記憶は砂の城のようにもろくも崩れ去るしかない。


美味しいスープを頂いたのに、


鍋が古く腐った生ゴミでいっぱいでは、話にならないであろう。(笑)


不自然な衝動、ウキウキ、ワクワク以外の衝動が出て来たときは注意しなさい。


それは腐敗臭を放つ、もう役に立たないプログラムが誤作動を起こしているのかもしれない。


取り除きなさい。


苦しみや悲しみが無いなんて人間の生活じゃない、という思念が湧き上がって来たら、それこそ注意しなさい。


苦しみや悲しみが、別にあってもいい。


だが、延々とねちっこくべたつく必要はなくないか?(笑)




このあいだ、「ピーターパン」のことについて調べていたらシンクロ。




男性性では、お母さんに恨みがあると、外へ男性性を出しすぎます。


内側、というのは女性性の領域なので、


女性性がイヤなら、その分、内側に入りづらくなります。


なので、外に行くしかないのです。


ワンマンになる、暴力的になる


または嫉妬深くなる。


どちらも、実は「女嫌い」なのです。


女性性を受け入れていない、ということです。


愛を受け取れないのです。


自分が何もしなくても愛される、というエネルギー、


その、満ち足りたエネルギーこそが女性性です。


自分が何かしなくては愛されない、と思い込んでいるのなら、


当然、受け取れません。


ほんとうに何もしなくても愛される、自分は愛でいっぱいの神々しい存在だ、と


信じることができれば、


暴力的になる必要も、


嫉妬に苦しむ必要もない。


満腹で満ち足りているときに、


となりにご飯を盗みに行こうと思いますか?(笑)


満腹なのに、となりの焼肉がうらやましいですか?(笑)


違うものをたべたのならありえますが、、、(笑)


同じものを食べていたら、正直(もういらない)と 思わないですか?(笑)


それは、ただ


「自分を愛せない、自分はかわいらしいと信じられない」という表現なのです。





これが、「許せないという思いは、誰より自分自身を傷つける」という意味です。


許せない!と決めてしまうとき、


そのエネルギーに関係するあらゆる回路が詰まってしまい、


本来の自分より 出力が低くなるのです。


なんの?


「愛の」出力です。



(男性性を受け入れられないときには、


「自分はパワフルだ、自分は誰かにハッピーに貢献できる力がある。素晴らしい存在だ」


と思うことができません。


なので、わたしは パワーなんかなくても平気よ!と動かないか(拒絶)

パワーを他から無理に引き入れコントロールしようとします(誘惑))



あちらこちらが詰まっている車で、快適にドライブすることはできません。



「自分はパワフルだ。誰かの役に立つ素晴らしい存在だ。」と思ってみたとき


違和感を少しでも感じるなら、男性性のラインが詰まっています。


その記憶をはっきり思い出せなくても


(赤ん坊の時の記憶は、ほぼ理由はわかりません。「なんとなく不愉快」「なんとなくいや」という気持ちそのものでしょうか。)


「そんなこともあったね。そう感じるんだね。いいんだよ。」


そう言って、置いておいてあげてください。


無理に忘れようとすると、逆に捕まります。


自分と違うな、と分けるだけで大丈夫です。


フンワリとする感覚があったらいい感じです。


「自分はいるだけで愛される素晴らしい存在だ」


と思った時、なにかしらの反抗心、むっとした感じが出たら


女性生のラインが誤作動を起こしています。


これも、いいんだよ、と言って、置いてあげてください。


可愛い女の子の写真でムッとしたら、その気持ちへ「いいんだよ」といって置いてあげてください。


ワンマンなひとにムカとなったら(笑)その気持ちへ「いいんだよ」とまた置いてあげてください。


そうすると、不思議なことに


そう振る舞う必要はないなということが腹に落ちてくるのです。


不思議ですね。


失敗して、ムカムカモードになっても全く構いません。人生はいろいろ経験できるのですから、、、(笑)


ただし、どこまでも自己の責任で。


わたしを信じてはいけません。(笑)






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